「ボールがうまく投げられない」
子供の頃のワタシに影を落とした数々の出来事の中の一つ。
小学校の休み時間や放課後は校庭で、休みの日は近所の子供が集まると空き地や道端ではじまるくらい当時ドッチボールが流行っていた。
何故か右肩だけでボールを支えて投げられず左手を添えた両手投げ、全く飛ばせない上にその格好が滑稽だったらしくからかいの対象となっていた。
じゃんけんの勝ち負けでチーム分けする時にはふだん話しもしないクラスメイト達が争ってワタシを取り囲みじゃんけんしたがった。ワタシが相手チームになれば都合がよかったからだ。
平気な素振りをしていたけど「イヤだ!」と言いたかった。でも言えなかったな。
ドッチボールの仲間に入れてもらうためには情けなさ、恥ずかしさ、怒り、、、いろんなものを封印しなければならなかった。。。
オリーさんが来て間も無くの頃、右肩の凝りや痛みは腕を含めた右半身筋肉の協調バランスが悪いからだ、と指摘された。
レッスンを受ける機会が増えて動かせていない部分に手を添えてもらって意識的に動かすようになったおかげで、右腕の動きが肘から先に頼る「小手先の動き」しかできていないことを自覚できるようになってきた。
肩関節周りの筋肉の使い方のアンバランスが不調の原因だったのだ。
自覚できるようになれば意識的に動かせるようになる。すぐに前の癖が出てきてしまうけれど、変化は継続することでしか身に付かないから根気よく続けている。
腰痛や肩凝り改善の動きとして四つん這いでハイハイしていた時に、からだから「ある感覚」がやってきた。
歩行器に入れられて行きたいところに行けないもどかしさ、白いプラスチックの枠で周りを囲まれていて手を伸ばしても誰にも何にも届かない無力感。。
幼い頃の写真には歩行器の写真は見つからなかったが、間違いなく歩行器に入れられていたと思う。
親にとっては赤ちゃんがところ構わずハイハイして大事なものに触ったり口に入れたりを防ぎたかったろうし、早く歩けた方がいいという考えもあっただろう。
ワタシはハイハイをあまりさせてもらえなかった赤ちゃんだった可能性が高い。
親はもういないから今さら確かめようがないけれど。
オリーさんに赤ちゃんの頃の写真見せたらやはり気になるところがあった。立ち方、特に脚がX脚になっているのはおかしいって。
「この世界に対して無力である」
「自分の力を使いきれていない」
など、どこからくるのかわからない無力感や不全感、行きたいのに行けない、たどり着けないもどかしさと苦しさを伴う夢の理由がここにあったのかも。
からだの動き、使い方は自分の使い方、周りへの関わり方、人との関わり方、社会との関わり方に繋がっていると思う。
考えてみれば当たり前のことなんだけれど。
からだは何でも記憶していてそれに意識が向けられることを待っている。
からだの不調や違和感はそれを教えてくれるものなのだろうね。
これから意識してハイハイし直すことで更に新しい自分に発達して行けるかな。
発達障害って実はこういうことだったの?
今からでも遅くはない、発達するぞ~
☆オリーさんによる駒ヶ根夏のリトリート
7月9日~10日
定員6名のところ残席3名になりました
駒ヶ根の自然の中で忘れていた自分の記憶や本来の動きを取り戻すきっかけになるかも。