【カエルアケミのひとりごと~瀬戸嶋充さんの演劇ワークショップに参加して~その1】
「よだかは実にみにくい鳥です」から始まる宮澤賢治の『よだかの星』。
宮澤賢治といえば『銀河鉄道の夜』が有名だけど、小さい頃から『よだかの星』だけがワタシにとっては特別であり、別格だった。
なぜかわからないけれどこの感覚は不思議なもので、もっとこの感覚に言葉を与えたいと思うのだがずっと今までなかなかできなかった。
でもだいたいそういった感覚を伴うものにほど、わたしのアンテナは敏感に反応するのだ、ということを自覚できたのはずいぶん大人になってからだった。
人間と演劇研究所
の代表である瀬戸嶋充さんのワークショップ合宿が琵琶湖であり、からだをゆるめ声を出すワークと共に
『よだかの星』の演劇レッスンする、と聞いて、
深いところから「行け!」というgoサインが出てしまった。
これが出てしまったからにはどうにも抗えない、行くしかない。
わたしの行動の源はいつもここからだし、ここにしかない。
昨年末、合宿前の顔合わせZoomで読み合わせした時から既にヤバい感じ、なにかが溢れ出そうな感じになっていた。
そうしたら電波状況も悪くなって接続が途切れてしまって、慌てつつもなんだか笑ってしまった。
電波を遮ってしまうくらいくらいヤバい感じ、これは間違いなくヤバ面白い!
昔から『よだかの星』を読む度に感情が動いて胸がぐうっとなり、知らず知らずのうちに涙が出てきてしまうので自分でも不思議だった。
黙読だけでそうなるので、声に出したらどうなってしまうのか、まるで未知数、未体験ゾーン。
この涙は表面のさざ波ではなく、深いうねりの一端が溢れ出てきたものであるに違いないことを自覚していたので、一人の時ならばまだいいけれど人前でその状態になったら一体どうなるんだろう、そんな怖れが出できて胸の奥がざわついた。
自分の感情をコントロールできない状況はできる限り避けたいもの。
だって変に思われるかもしれないし、
バカにされるかもしれないし、
何マジになっちゃってるの?という顔をされるかもしれないし、
どう対応したらいいの?と戸惑わせてしまうかもしれないし、
場の雰囲気を壊してしまうかもしれないし。
過去の様々な苦い記憶から立ち上ってくる様々な反応に対して、
そりゃそうだよね~、わかるよ~と相づちを打っている妙に冷静な自分も同時にいる。
そして厄介なことに、本当に求めているものに触れるには、そこに飛び込んで行ってからだで感じるしかないのだ、ということも分かっている自分もいる。
つくづくマゾっ気たっぷりのM気質だわ~、と自画自賛していたら集まったのは『類は友を呼ぶ』という諺のとおりの面々で(笑)
夜は夜で、フェルデンクライス(ボディワーク)のインストラクターをしている受講生さんから大真面目なマゾ談義(ロープで縛り上げる緊縛は、縛る方も縛られる方も真剣勝負である)を聞いたり、「M道」なる言葉も飛び出して、真剣にあるひとつのことを継続し突き詰め極めていくと「道」とよばれるようになる日本の文化の多様性と奥深さについて、懇親会でもしみじみ共有できたりしたのでした
、、、つづく
※琵琶湖が泳げる場所とは知らなかった。
湖岸はまるで砂浜のよう。