今朝急に降りて来た(浮かんできた?)童話。夢で見たのかな?
『荘子』に出てくる、穴を穿たれて死んでしまった混沌の話しに似ている感じ。
むかしむかしあるところに小さなのら犬がいました。小さな小さな犬でしたので丸くなって寝ている姿は一見猫のように見えるのでした。
犬は大概一人で過ごしていましたが寂しいと思ったことはありませんでした。
ちょっと鼻先を上げてクンクンすればさまざまな生き物の匂いがしましたし、耳を立てればさまざまな生き物の息吹きが聞こえたからです。
ある日一匹の太った三毛猫が日だまりで心地よくうとうとしていた犬に声を掛けました。
「ちょっと、いい知らせを持ってきたわ。昨夜の私達の会合であんたのことが議題に上がったの。ある条件を満たせればあんたを仲間に入れてやってもいいということになったのよ」
犬は猫たちが夜な夜な集まっては会合していることを知っていましたが一体何をしているのかは知りませんでした。
自分のことが話し合われていたと知ってビックリしてしまいました。
それでも夜の猫の会合は面白そうだなあと思っていましたので、
「みなさんの仲間に入るには何をしたらいいんですか?」
と聞きました。
「簡単なことよ。会合の前に挨拶することと目が合ったらしっぽを振るのが決まりなの、じゃ今夜月があの木の上にのぼる頃いつもの空き地に集合ね。」
犬はいつも一人でいましたし、犬の仲間にであってもお互い匂いをかいで目を合わせるくらいがせいぜいで特に決まりなどありませんでしたのでそんなものなのかなあと、思ったのでした。
夜になって月が出て来ると犬は遅れてはいけないと早くから空き地に行って待っておりました。
猫が一匹また一匹と集まって来ました。
見ていると先に来ていた猫が後から来た猫に「にゃあ~」と声をかけます。声を掛けられた猫は同じように「にゃあ~」と答えてしっぽをしなやかに左右に振ります。
どうやらそれが決まりのようでした。
ぼうーっと眺めていると三毛猫が飛んできました。
「何をやってるの!来たものから挨拶するのが常識よ、そんなこともわからないなんて!さ、わたしと一緒に来て同じようにやるのよ!」
と目を釣り上げて睨みつけました。
犬はそんなこと常識と言われても、聞いていないし、何より猫の作法を聞かないうちは失礼あってはいけないと気を回して様子を見ていただけだったので、猫の剣幕にビックリして気が動転してしまいました。
三毛猫はしなやかに首を振りながら先に来ていた猫に近づいて行きました。
「さ、同じようにやりなさい!」
犬は首を振りながらこころを込めて「ワン」と挨拶しました。
その声は小さなからだに似合わず大きく響いたので声を掛けられた猫は思わずビクッとしてしまいました。
「ああ!なんてこと、誰がそんな声を出せと言ったの?同じようにと言ったのに!仕方ないわ、今度はこうやって!」
三毛猫はしっぽを立ててゆっくり優雅に左右に振って見せました。
犬は同じようにしっぽをピンと立てて勢いよく左右に振って見せました。
「ああ!なんて乱暴な!そんなやり方じゃケンカ売っているように思われるわよ。こんなんじゃあ仲間に入れることはできないわね。練習してからまたいらっしゃい」
三毛猫はまるで犬から仲間に入りたいと懇願されて仕方なくお世話してやったのだ、という風を醸し出しながら、仲間の猫たちと一緒になって横目で犬をチラチラ見るのでした。
犬は声を掛けてくれた猫に恥をかかせてはいけないと思って、その日から特訓をはじめました。
ところががんばってもがんばっても「ワン」を「にゃあ~」にすることは難しいことでした。
しっぽを滑らかに動かすことも上手には出来ませんでした。
しっぽに全神経を集中して、滑らかに動かそうとすると自然とおしりを上に向けるような体勢になってしまうのです。
その姿を横目で見ながら猫たちはクスクス笑うのでした。
最初はコーチしに来ていた三毛猫も、妹分の若い猫の出産と子育てのお手伝いに忙しくなり、それどころではなくなってしまいました。
小さなのら犬の、猫の仲間入りの話はそれきりになってしまったのです。
それから随分経ったある日、小さなのら犬は猫の世界でニャインドフルネスというものが流行っているらしいと聞きました。
猫たちの間では夜な夜な会合で集まるのは古い流行になってしまったようでした。
群れることなく匂いや気配でお互いの存在を確認し合うことが最先端になっていました。
犬は喜びました。
「それなら自分は最初からできていることだ、よかったこれで晴れて仲間入りができるかもしれないぞ」
ところが、、
犬は愕然としてしまいました。
昔、何の努力もなしに出来ていたことが気がついたらできなくなっていました。匂いをかいでも、音を聞こうとしても、気配を感じようとしても、以前のような感覚はもうどこにもなくなってしまっていたのでした。
犬がその感覚を取り戻すことができたのはもう随分歳をとってからのことだったということです。