何か悩みやモヤモヤがあったら、からだを動かしてみるといい。

何か悩みやモヤモヤがあったら、からだを動かしてみるといい。
からだは見事にその人の内面世界を顕しているからね。
自分の顔は自分ではみえないように自分のこころの状態は自分ではつかみづらい。

からだはこころの鏡となって今の自分の状態を教えてくれる。

体操でもヨガでもダンスでも何でもいい。
からだに働きかけたときからだから感じるものがモヤモヤの原因に向き合わせてくれる。

それにしても重力あるこの地球上で制限のある「からだ」を持って、緊張と弛緩の絶妙なバランスをとりながら生きるってなんて面白くも面倒くさいんだろう。

しかも年を減るごとにからだは経年変化してバランスをとっていく難易度が上がるという、飽きることのないゲームのよう。。

子供の頃、空に向かってジャンプすると地球の重力から離れてずっとずっと空に向かって上っていけるような気がして、何度も何度もジャンプを繰り返たものだった。
寝てるときによくみた空中遊泳している、からだ感覚を伴った夢はとてもリアルだった。

今では地面から十センチ!くらいしかジャンプできなくなっちゃったけど、空間を自由に遊泳していた記憶が不思議なことにからだに残っている(感じがしている)。

古代中国の心身観では人間の存在の一面を「魂魄」という言葉で表現している。

人は天の気と地の気が合体した存在、天の気は魂、地の気は魄。魂と魄が合体してはじめて人の体を為すというのだ。
人が死ぬことは魂と魄が分離することで、魂は上へ上っていき、魄は地上に残される。

魂という字はの左側は云=雲だから空に属するもの、
魄という字の左側は白=白骨だから地に属するもの、

古代中国の人々には人間というものが、
目にみえる物質と目にみえない物質が合体したものである、という感覚がリアルにあったのだろう。
(ちなみに現代中国語では「鬼」は幽霊、オバケの意味)

全く性質の異なる魂と魄が絶妙なバランスで存在しているのが人間という存在で、それの集合離散がこの世界の様相なのだ、という古代中国の世界観はワタシにとって本当に体感を伴ったリアルな世界で面白かったし、もっと究めていきたい分野でもある。

今の世界の混乱と生きづらさは地上に残される「魄」的なものだけに価値を求めるようになってしまったからなのかも、などと妄想してしまう。
天に帰る「魂」の存在を常に身近に感じていたら死ぬことに対して無闇に恐れなくてもいいし、生きることに対しては絶妙な魂魄の結合バランス体感を楽しめるようになるのだと思う。

子供の時に身近だった空中遊泳の感覚は今でも鮮明にあって空を眺めていると一瞬で時を越えてよみがえってくる。
自由に空を遊泳するのはそれはそれは気持ちがいい!

その気持ちよさを認識するためには、そうでない状態が必要だとすると、生(魂魄合体状態)と死(魂魄分離状態)は
どちらも必要不可欠、2つでセットなのだな、当たり前だけど。

魂魄合体状態を楽しんでいくのが生きているということだし、そこを認識できるのが人間の人間たるゆえんとも言うべきことなんだろうけど、死への怖れももれなくセットになっちゃうのも人間の人間たるゆえん?
だとすると人間ってほんとに面白くも面倒くさい存在だ。

前回アスペアケミは面倒くさい、と書いたけど面倒くさいのはワタシだけではない、面倒くさい存在そのものの一部のワタシと表現するべきか。。。またぐるぐるしてきたよ🌀

魂魄の合体や分離を考えていたら思い出したのがエニアグラム。

エニアグラムの遊離タイプ

遊離型と分類されるタイプ4、5、9。
アスペを含めて発達障害の特徴とエニアグラムでいうところの遊離タイプは重なる部分が多い。
遊離タイプはもしかしたらこの魂魄の結合が他のタイプよりもゆるいのかもしれないし、魂だけで存在していた頃の記憶が残っているからなのかな?
では魂魄を結びつけているものは何か?
古代中国ではそれを「神」と表現しているんだよね。
日本語でいうところの「神様」ではなく、
宇宙のエネルギーの法則、みたいなニュアンス。
古代の中国医学では「神」は脳ではなく五臓に宿っていると考えられていた。
人間の生の営みそのものを「神」の働きとして認識していたのだ。

メタトロン(波動共鳴計測治療器)などを使う最先端の波動医学も実は、振子が一方に振りきれて、また元に戻り始めの段階なのかもね。

これからは「魂の時代」がくる、と言ったのは誰の言葉だったかな?

「魄の時代」、つまり目に見えて誰もが価値を認識できる物質世界が優位だったこれまでの時代から、「魂の時代」、目にみえないエネルギー(ワタシはこれをいのちの輝きと呼びたい!)が優位になる時代がやってきている、という意味でとらえると面白い。

アフターコロナ、新しい時代に対してワクワクしか感じないのも、そのせいなのかな。
遊離タイプ、エニアタイプ4のワタシにとって「魂の時代」は「魄の時代」よりも密度が薄くて息しやすく(生きやすく)自由に動ける感じがする。

、、、、からだをゆるめることの必要性、自分でやっても人からやってもらってもいいんだけど、がんばりすぎて感度が鈍くなっている人は人からやってもらうと早く自分の感覚取り戻せるよ~、なんて宣伝っぽい文章書こうと思ったのだが、話しがとんでもなく暴走しちゃったよ。

からだをゆるめたりほぐしたりしてリラックスして自然体になると、「魄」優位のからだからの制限がゆるんで、本来のいのちのあり方である「魂」の自由度が増す感じになるのよね、、
、「魂」の自由度が増すといのちの輝きが外に顕れる、内面の美しさが溢れ出してきて、どんな人もそれはそれは美しいのよね。。。

究極ワタシはそんな美しい世界の中で生きていきたい、
だから今日もお仕事はりきってやるのだ!

と無理矢理まとめてみた!

いろいろ繋がってしまい支離滅裂、どこに繋がっていくか自分でも わからない、、ま、これが妄想族アスベアケミの真骨頂ということで😅😅

今日も妄想全開でいい仕事したいと思います😁😁

※魂魄について確認しようと思って本棚から引っ張り出してきた専門書。
そうそう、この世界を自分のからだと言葉を通してワタシは理解して表現したいのだ。