、、、その13からの続きです。

「なぜだ ( `Д´)/」

「だから (ヽ(´Д`;)ノ)」

のやりとりに終止符を打ったのは、、、

「ごめんなさい」

のたった一言だったというお話しです。。。(´Д`|||)

ある時ダンナが怒り疲れて言いました。

ダンナ「お前は何もできない上にあやまることさえできないのか?」😠

ワタシ「え?あやまること?ごめんなさいって言えばいいの?、できるよ、じゃあ、ごめんなさいって言うよ」😰

ダンナ「そういう問題じゃあない!(怒)」😠

ワタシ「??????」😰😰

この「ごめんなさい」体験は、わたしにとってはあたかも三重苦のヘレン.ケラーがサリバン先生の教育を受け、手のひらに書かれた文字と手のひらに感じる物体(水)が同じ意味である、と理解して世界が開かれた、あの感動の一瞬はさもありなん!と想像できるくらい(おおげさ!笑)な体験だった。

ある時いつものように「なんでできないんだ!(怒)」がはじまったので、ごめんなさいって言ってみようと思って言ってみた。
そしたら!
いつもなら睨みながら責め続けるのに、怒りながらも「なんでだ!」の追求がなくなったのだ。

なんで収まったのだろう?なんで「なんでだ!」って言ってこないんだろう?
(ややこしい笑)

不思議に思って考えていたら、あの瞬間、あのセリフ
「W、W、WATER~!!」がやってきたのだ!

「なぜだ」の言葉の意味は理由を聞いているのではなく、「あやまれ!」という意味だったのか!という気づき!!

さらに翻訳するならば「おまえの行為によってオレをこんなにイライラさせたことに対してあやまれ!オレは怒っているんだぞ!」という意味だったという気づき!

ヘレン・ケラーになって「W、W、WATER~!」\(◎o◎)/と叫びたい気分だった。

言葉をそのままの意味で使う、という傾向があるアスペにとって、「ごめんなさい」は自分の行為によって相手に対して多大な迷惑をかけてしまい、申し訳ないことをした、と自覚がある場合に使われる言葉だ。

態度をみればアスペだって相手が怒っているのは分かる、相手の怒りに対してなんとかしたい、と思っていて焦ってもいる。決して怒りの感情を無視しているわけではない。しかし怒っている相手から「なぜだ?なぜできないんだ?」と問われと、その問いをそのまま受け止めて、「だから」で答えてしまう。

それは怒る相手の言葉に誠実に一生懸命答えることが、相手が求めていることだ、あやまるにしてもまず状況を説明してから、それが相手を納得して怒りを静めてもらう唯一の方法だから、と思ってしまうからだ。

そこにはとりあえず一言あやまっておこう、という発想がない。

自分でも何でできなかったかわからないうちに、ごめんなさい、ということは、相手にも自分にも誠実ではないからだ。自分にとっても相手にとってもまず状況を明らかに理解することが大事なのだ。

言葉に対する感覚と扱い方が全くくい違っているのだ。

普通の人にとっては怒りながら「なぜだ!」と言われれば、相手の感情に配慮して、とりあえず「ごめんなさい」「すみません」と返すのが当たり前なこと。

怒っている人に対してそれ以外にどんな対応があるというのだ?
まずは一言あやまってからだろう、だ。

まず相手の感情に配慮する、それが最優先事項なのだ。

この行き違いが悲喜劇を生んでいたのだった。

ワタシ「ごめんなさい、とあやまることを要求していたんだったら早く言ってくれればよかったのに。」(ホントこころの底から思ったよ😥)

ダンナ「普通の人間は当たり前にわかる!何度も言わせるな!(怒)」

ワタシ「だから普通じゃないんだって!!」(何度言っても分からないのはどっちだよ~!)

ここまでくるともうすでに夫婦漫才レベル(笑)

家庭内の話だからまだしも、これが仕事場だったらどうだろう?

職場にミスをしても言い訳ばかりで反省一つしない、人と人とも思わないような、なんてふてぶてしいヤツなんだ!とあきれる人はいませんか?
接客業で何らかの理由でお客様が怒っているのに、謝りもせず逆に激怒させてしまうような、仕事ができない人、とかいませんか?

もしかして怒りながら、「なぜだ?」「何でこうなったんだ!」とか言ってはいませんか?

事実確認の言葉と感情を同時に発信していませんか?

アスペは相手の言葉と感情が違っている場合、対応できない、、というより言葉の意味を最優先して反応してしまう。

・空気が読めない

と言われてしまうが実は空気は読めているのでだ。相手の怒りになんとか対応しようと頑張ってはいるのだ。ただその頑張りを表現する脳内ソフトウェアが大多数と違うのだ。
(まれに感情に全く反応しないドアスペと言うべき人もいるようですが、そういう人は相手からの怒りや嫌悪感も感じてないので逆に生きづらさは少ないかも知れません)

・言葉をそのまま受け止め、そのままの意味で対応しようとする

という特性と
・一度に一つのことしか処理できない、同時処理が苦手、言葉そのものの意味と相手の感情的要求に同時に対応できなくて混乱する

という特性が行き違いを生んでいたのだ。。

アスペが海外だとコミュニケーションにあまり困らないと言われるのは、日本語が言外の意味や感情が豊富に含まれる特殊な言語だからかもしれない。(言語学に詳しい人いたら教えて下さい)

アスペの傾向ある者同士の会話は言葉に他意を込めないから単刀直入で率直で裏表がないから楽。

わたしと話していてちっとも違和感ない、イラつかない、という方は、

同じアスペタイプ、

思わせ振りな言葉で相手を操作しない、

自分の発する言葉に意識的で責任を持っている、
自分の発する言葉に含まれる感情に気づいている、
言葉と感情を分けて扱える、

自分の機嫌は自分でとれる
、、、、

といったデキた人だと思われます!

だからわたしのまわりにいるのは同類か、デキた大人ないい人ばかり!と思える。そう考えると逆にアスペは幸せかも!😅😅

気になるダンナとの関係は、、、

わたしは相変わらず失敗ばかりしている。それは変わらないし、変えられない。でもこころから迷惑かけてすみません!と思っているので、「なんでできないんだ!」ときても「ごめんなさい、おバカでごめん、いつも迷惑かけて悪いね、できるダンナで感謝してます!」と言えるようになった。こころから言葉通りにそう思っている。

そしたら相変わらずあきれているけれど、あまり怒られなくなった!(歳とってきて怒るエネルギーも低下している模様😓

アスペは相手の感情に配慮するのが苦手、でももしかしたら

「接する人を成熟した大人に成長せる生来の資質を持っている」(アスペのリフレーミング😅)
といえるのかも知れない。

アスペが居心地のいい場所は成熟した自立性の高い人間が多く集まる場である、とするならば、アスペの存在は個人、組織、社会の成長促進剤と言えるかも知れない。

、、、それにしても、微妙な雰囲気になったら相手の言葉に含まれる意味を考えなければならない。
同じ日本語なのに脳内で変換しなければならないので日本人なのに外国にいるようで落ち着かなくて疲れる。

社交辞令(言葉そのものの意味よりも相手の感情に配慮する目的で使われる言葉)が飛び交う場はアスペにとっては地雷が仕掛けられた戦場のように怖いと感じてしまうところです((((;゜Д゜)))

※これはネットで見つけたアスペからみた定形発達症候群(普通の人)の説明漫画

 

定形発達症候群という言葉は英国の自閉症研究機関が提唱している言葉。障害という言葉は一方からみた場合の表現だ、ということがよくわかる。